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2019/07/07
味のある人生
娘が鵜飼を見たいというので、
毎日のように「総がらみ」
(=鵜飼のクライマックスで6艘の舟が川一杯に並んで進む)
を見ています。
やっぱり素晴らしい。
総がらみの直前
風景も、音も、匂いも
すべて味わいがあります。
この味わいをいっぱい吸収できるなんて、
本当に大きな財産をいただいていると感じます。
鵜と男たちの真剣勝負
篝火が川に映りとてもきれいです
月を見上げながら、大事な時間だなぁとしみじみ思いました。
2019/03/05
最盛期を迎えている花粉症。
お坊さんにとって辛い時期。
「ん」が多いお経は特に大変です。
おまいり先で過去何度か
子ども:「お母さん、お坊さん鼻水出てるよ」
お母さん:「えっ(慌)」
という経験も。
できる対策は全部やろうと、
飲み薬にマスク、
鼻の穴周辺に綿棒で塗るやつ、
顔にスプレーしてイオンか何かのバリアをするやつ、、、
これでどうだ、という態勢。
そしたら今度は
子ども:「お坊さん、鼻ピカピカ」
私:「・・・(クリーム塗りすぎたか)」
症状を抑えるためにしてるのか
子どもに言われない勝負をしているのか
よく分からなくなってきている。
2018/11/29
報恩講法要を終えて。
少し遅くなってしまいましたが、
今年も、報恩講法要を
無事におつとめさせていただきました。
お手伝いくださった方々、おまいりくださったみなさま、
本当にありがとうございました。
準備の日から合わせて4日間、みなさまのおかげで
成り立っている
法要としか言えません。
お掃除をしていただいてキレイになった庭を見て、
初めてお寺に来ていただいた方が
「こんなにキレイなお庭があるんですね!」
と感動されていました。
入口入ってすぐの所まで一杯のおまいりの方を見られて、
「座るところもないなぁ!」
と驚かれる方も。
手間をかけて準備するお華束(おけぞく)に初めて関わってくださった方は
「楽しかったです!半分女子会みたいで」
と笑っておっしゃいました。
大勢のお寺さんの法衣を見て
「ありがたいねぇ」
と手を合わせてくださった方。
もうキリがないくらい、たくさんのありがたい瞬間を
いただきました。
法要そのものも、もちろんありがたいのですが、
こういった瞬間をいただけることが何よりの喜びです。
ありがたい、としか表現できません。
ただ、これに満足せず、より工夫をこらして
みなさんに「来て良かった」と思っていただける法要を
目指したいと思います。
あらためて感謝申し上げます。
2018/08/01
暑さ対策
毎日35℃前後の暑さが続きます。
この時期おまいりにまわらせていただくと
必ずと言っていいほど起こる出来事があります。
名付けて「扇風機ろうそく消えるかしゃん」問題。
→ 続きはこちら
2018/06/01
自家製の御仏花
今日おまいりにうかがったお宅では、
お婆さんの頃からずうっと
仏さまにお供えするお花を
自分のところで作っておられます。
→ 続きはこちら
2018/05/20
ケンカの種
今日おまいりにうかがったお宅にて。
毎月おうかがいするそのお宅では、
お婆さんと孫娘さんがいつも一緒におまいりされている。
しかし、今日はお婆さんだけしかおられない。
お経がほとんど終わりというときに、
ダンダンダンと階段を降りてくる音が。
おまいりを終えて後ろを振り返るやいなや、
孫娘さんがお婆さんに
「何で(お寺さんが来たと)教えてくれんの!」
と怒っておられる。お婆さんはお婆さんで
「
ちゃんと呼んだやないの!」と返されるが、
「全然聞こえんて!」とまた孫娘さん。
お婆さんも負けずに「そんなこと知らん!」と、
ちょっと収まりがつかなさそうな状況。
これはもう一度おまいりするしかない、と思い、
おそるおそる「もう一度おまいりしましょう」と提案。
お互い引けなくなっていた状況が打開され、
安堵の表情の祖母と孫娘。
おまいりを大切にされて、
生活の一部になっている
ことがにじみ出ていて、家族の
人間味とともに
ホッとするお宅です。
(多少人間関係を変えてあります。)
2018/05/03
ご法事でおまいりされている方の中には、
誰でも知っているような大企業の社長さんが
ギュウギュウ詰めの8畳間に一緒に座って
おられたりして驚くことがある。
考えてみれば、肩書を気にせず、
みんなが一緒に座って手を合わせられるところが
ご法事の良いところでもある。
→ 続きはこちら
2018/05/02
自宅で看取ること
先日(4月22日)の専応寺婦人会法要でお話いただいた
「いのち」の現場の
内容は、大勢のみなさんに
響いたようです。
→ 続きはこちら
2018/03/26
永代経法要を終えて
春の永代経法要を無事おつとめさせていただき、
皆さんにお礼を申し上げるとともに、
私自身本当に嬉しかったことがありました。
それは、今日おまいりにうかがったお宅でお聞きした一言です。
「私らみたいに年寄りになると、コロッと逝きたいとか
そんな話ばっかりになるのよ。
だから、こないだお説教(ご法話)でお聞きした、
<お浄土に往生する>というのは本当に良い言葉やと思いました。
確かに誰でもいつかは死んでかんならん。
でも単に死んでいくんやないんやね。
お浄土に往生するんや、という思いがあるだけでも
気持ちが全然違うね。
ありがたかったわ」
と、自分からしみじみお話しくださいました。
90歳近い年齢の方のリアルな気持ちというのは、
40歳の私には、正直言って分かりません。
でも、お寺でお話を聞いてくださったことが、
日ごろの思いと結びついて、
こんな風に受け取ってくださった方がおられたこと。
これも永代経法要の大切なところだと思います。
亡き人をご縁に、私につながる、数えきれないくらいの
「ご縁」を聞かせていただく機会は、そんなに多くはありません。
直接知らなくても、お寺の御御堂(おみどう=本堂のこと)が
現在ある
ということは、ご先祖はじめ、たくさんの先輩方が
大切に残してくれたものが確かにある、
ということなんですね。
今は時代や価値観が変わったと言われますが、
それは昔も同じです。
平安~鎌倉~室町~戦国~江戸~明治~大正~
昭和~戦中戦後・・・
考えたら怖いくらい、世の中が変わったはずです。
人の考えも同じように変わったはずです。
そんな中で、絶対に変わりようのない
「仏さまの教え」、「私のいのちの行き先」
今日お話をうかがっていて、今の時代くらい仏さまの教えが
無いと困るときもないんじゃないか、とも思いました。
単に昔のままが良い、とは思いません。
これからも皆さんに伝わるような法要を目指していきたい、
とあらためて感じました。
2018/03/04
子どもだけの世界
今日のおまいり先で60代半ばの方からうかがったお話です。
「僕らが子どものころは、おもちゃなんて
買ってもらうことが少なかったね。
だからみんな自分でできることを探して工夫して遊んでた。
釣りが好きだったけど、竹を切ってきて、
どこで手に入れたのか
安いリールをくっつけて。環境も良かったんだね。
今と違って
竹藪の中に池があったり、
どぶ川のようなところがあったりして。
兄貴とか上級生からなんとなしに伝わったことを
そのままやってたんだろうけどね。
今から思うと、貴重な子どもだけの世界だったんだね。
今はそういう世界ってあるのかな?」
すごく興味深いお話でした。
私が小さい頃もあったかもしれない、子どもだけの世界。
正直ちょっと忘れてしまいました。
形が変わっただけで今もあるのかもしれません。
こういうところってすごく大切なんじゃないかな、
と考えさせられました。
2018/03/01
100年の歳月
長く生きるということを身をもって教えてくださる方々に
お会いすることが多い、この頃。
今日はもうすぐ100歳になられる方にお会いした。
その歳にして、子どもたち(といっても70代半ば)に
食べさせるご飯を作っておられるという。
例えばポテトサラダなら、当然ジャガイモをゆでるところから。
煮物なら味付けなどにも気をつけておられるという。
もちろん子どもさんたちが自分でできることばかりだが、
100歳間近の親さんを思って、あえて作ってもらっている。
この関係性。
「元気」で「動ける」し「好奇心」があるから
できることだとは思う。
その子どもさんが言われるように、
「何でもやってみよう!という気持ちがあるからなんですよね。
高齢化と言われるけど、親がこんな良い手本を見せて
くれていることが本当にありがたいです」
過去になかったことがこれから起こってくるんだなぁ、と
思わされる時間でした。
2018/02/26
御用聞き
「買い物に困ってねぇ。
免許はもちろん無いし、
自転車も危なくなってきてやめて。
残ってるのは歩きだけ。
でもこの近くにはスーパーが無いから、
バスで行くしかないのね。
買うものをメモして行くんだけどやっぱり
何か忘れることもあるし。
街中だったはずなのに、困ることになるなんてねぇ」
というお話を一人暮らしの方から最近
本当によく聞かせてもらいます。
そんなとき先日おまいり先でうかがったお話を
思い出しました。
「昔は御用聞きというのがあってね。
味噌や醤油の注文を取りに回って来るんだよ。
魚屋さんなんかもリヤカー引いてたかな。
今思うと選択の幅は少ないけれど、
車が無かった時代に
定期的に届けてくれるシステムというのも
ありがたいものだったかもしれないね」
とのこと。
人と人の距離が近く、今とはまったく違った社会の
様子が伝わります。
懐かしむだけでなく、そこから現代に活かせる
やり方というのが
必ず見つけられるんじゃないか、
とも感じました。
(何人かの方のお話をまとめています)
2018/02/14
老衰も大変
今日おまいりにうかがった方にお聞きしたお話です。
「私の母は、95歳まで生きて老衰ですうっと亡くなりました。
みんなから、大往生やね、良い最後やったで幸せやね、
と言われるんです。
でも母は最後までしっかりしてて、はっきりと言いました。
老衰で良いと言われるかもしれんけど、
老衰も大変なんやって。
最後の方で冗談かもしれないけど、末期の水をちょうだい、
と言ってみたりね。
それでちょっとして本当に亡くなって。
毎日顔見に行ってたけれど、こういうところは
何なんだろうって思いますね。
もっといろいろしてあげればよかった、と未だに思うし」
涙を浮かべながら話してくださいました。
自分の身近な方だからこそ、「いのち」が、
これだけの迫力をもって迫ってくるんですね。
このお母さんが残されたものはとても大きいと思います。
高齢まで元気でおられて、すうっと亡くなられたとしても、
そのいのちのありさまは、人によって全然違うということ。
当たり前のことですが、あらためて教えていただきました。
2018/02/12
花は足で立てなさい。
専応寺で何十年もの間、報恩講(ほうおんこう*注)の
仏華(ぶっか=仏さまにお供えするお花)を
最近まで立てていただいていた
4人のうち3人の方が、この3年のうちに続けて
亡くなられました。
ある一人の方は、お父さんの時代からお花立てに
来てくださっていて、
「花は足で立てなさい」と言われていたとのこと。
50年以上前のことなので私はもちろん知りませんが、
これはすごい言葉だと思います。
「仏さまにお供えする大切なお花だから、
ひとつひとつ吟味して、
良いものを探して集めるんだ」
ということでしょう。
当時専応寺の報恩講は1月の15日,16日でした。
今より雪が多く暖房などと言えるようなものも無い時代に、
山へ入って木を探すところから始まります。
「(花立てに使う)形の良い木がなかなか
見つからんときがあってな。
そんなときは他人(よそ)の山でも入って切りよったで。
よその山でも、昔は、お寺さんのことやで(切らせてくれ)
と言えば、
どうぞどうぞ、という風やったでね。
ゆったりしとったわな」
と笑って話してくださったこともあります。
本当に、これには圧倒されます。
何てすごい時代だろうか、と。
以前の写真を見ていると本当にありがたいことだな、
ともしみじみ思います。
他にも、
「おじいさんは、お寺で使うために家の周りに木を植えたり、
報恩講にあわせて正月明けはお花と道具の準備
ばっかりしとったな」
と息子さんから話をうかがったこともあります。
時代はどんどん変わっていきますが、
こういうところは少しでも多くの方に知ってほしいと
心から思います。
*報恩講=ほうおんこう 浄土真宗をひらかれた親鸞聖人
(しんらんしょうにん)のご命日の法要。大勢の方のご協力
でおつとめさせていただく、1年で一番大切な法要です。
2018/02/10
本当の瞬間
先日、岐阜別院で聞かせてもらった先生のお話から
思い出したこと。
母方の祖父が亡くなる直前のことです。
人が亡くなる前の様子を知らなかった私は、
病院のベッドで寝ている祖父を見ても、
「しんどそうに息してるな」
と思うくらいでした。
病室には、おひとりの門徒(檀家)さんも一緒におられました。
そのうち、祖父とその門徒さんと私の
3人だけになるという時間がありました。
顎で荒く息をしている祖父を見て、その門徒さんは
「もう、すぐかもしれませんね。足をさすってあげましょ」
と言われました。
そういえばおじいちゃんの足をさすってあげたことなんて
、
無かった。
寝間着の足元をめくると、象のようにざらざらとして
黒くなった足。
驚いて一瞬手が止まりました。
でもその門徒さんは、何のためらいもなく、
足をさすり始めます。
私も慌ててもう片方の足をさすり始めました。
この感触とためらいを忘れることはないと思います。
しばらくするとその門徒さんが
「にょ~らぁいーだーいーひぃの、おーんどぉくーは~」
と、恩徳讃(おんどくさん=*注)を歌い始められました。
静かな病室にあるのは、恩徳讃の歌声と足をさする音と、
大きな息の音。
するとその方は
「あなたも小さいころから歌ってきたでしょ。
一緒に歌いましょう」
と言われました。
こ
んなところなのに恥ずかしさが出て、
また一瞬のためらいがあったことを覚えています。
そして私も一緒に何度も恩徳讃を歌いました。
しばらくすると看護師さんと家族が入って来て、
病室の雰囲気は変わりました。
この間どれだけ時間がたったのか分かりませんが、
私には、濃すぎるくらい密度の濃い時間、
本当の瞬間でした。
まわりの全部が、「そのまま」で、ごまかしがきかなくて、
私に教えてくれているものが詰まりすぎていました。
この時間を思い出すと、本当に複雑な気持ちになります。
同時に、こんな経験をさせてもらえて本当にありがたいな、
と心から思います。
「仏さまのはたらき」としか言えないくらい、
飾った自分なんてどこかへ吹き飛んでしまう、
本当の瞬間。
怖いくらい迫力がある、いのちの時間。
他人事だったらこうは思わないです。
だからお葬式や法事をするんだ、と教えられた気がします。
あなたは、どんな本当の瞬間をお持ちですか。
*恩徳讃(おんどくさん)・・・親鸞聖人が阿弥陀如来の
徳をたたえるためにつくられた、和讃(わさん)の中で
代表的なもの。五・七・五で詠まれている。
2018/02/06
音感
おまいりにうかがうと、本当にいろいろなお話を
聞かせてもらえます。
先日うかがったお宅の孫さんはお経が好きで、
車の中でもお経のCDを流して聞いているとのこと。
さらに親戚が集まるとお仏壇の前で導師をされ、
「大きな声で読んでよ!」と、みんなを引っ張っていくという。
小さなころから耳が良くて、車のウインカーが
右と左で音程が違うことを指摘されたという。
そんな耳をお持ちの孫さんが聞いているのが、
なんと私が録音した正信偈(しょうしんげ)のCD。
読み方に間違いはないけれど、
音程はどうだったか・・・途中でずれていないか・・・
音程が変に下がったりしていないか・・・
ちょっと不安になって聞き返してしまいました。
みなさんに参考にしてもらうため、
私の声を吹き込んだCDをお渡ししていますが、
録音の時は自分ひとり。
今度からもっともっと気を付けようと考えさせられました。
2018/02/04
鬼は、「内」
昨日は節分でした。
旧暦で季節の変わり目、立春の前日に豆をまいて
無病息災を願う行事として、
広く一般に行われています。
もとは中国にさかのぼるらしいのですが、
豆が魔滅(まめ)のごろ合わせにもなっているようです。
このあたりの解説は本やネットでたくさん出てきますので、このあたりで。
さて、浄土真宗のお寺では「節分」という行事がありません。
その理由は、あの掛け声を聞いてみると分かります。
「鬼は外、福は内」
嫌なことはどっか行ってくれー、
良いことは自分とこへ来てくれー
無邪気な言葉ですね。誰でもそうです。
でも、何十年・何百回豆をまいても、
必ずしもそうはならないこともまた、
私たちは知っています。
みんなで楽しく豆をまいてるのに
雰囲気壊すなよ、
空気の読めないこと言うな、
と思われるかもしれません。
そこで昔から言われている提案なのですが、
せっかく豆をまくからには、
「鬼は内、福も内」
と心の中で言い換えてみてください。
いつもではないけど、
些細なことですぐ心に鬼が出てくる私。
その鬼を住まわせている自覚の無い私。
(鬼=煩悩、悪人とも言えるかもしれないですね。)
そんな私が豆をまいたくらいで一体何が変わるというのでしょうか。
いや何も変わらないだろう。(反語表現)
そんなこと分かっているけど、人から言われると
なかなか素直に聞けない私だから、
仏さまの前に座るんだと思います。
仏さまの前で手を合わせることでしかできないことが
必ずあります。
それが、「鬼は内」の気づきじゃないでしょうか。
そんな私に向かって、私が意識する前からずうっと「気づいてくれよ」
とはたらき続けてくださっている、
阿弥陀如来という仏さま。
だからありがたいし、そうでないと(心に鬼がいることに)気づきもしない、
すぐ忘れる自分だったな、と思い出させてもらえる。
こんな風にみんなが少しずつでも思うようになれば、
争いは必ず減ります。
難しいし厳しいけれど、結局
「鬼は外、福は内」になるには
それしかないんじゃないでしょうか。
2018/02/02
人生
今日おまいりにうかがったお宅の方は、
今年100歳になられる。
まだまだお元気で、お医者さんからも体は
特に何も
問題ないと言われている。
戦争を経験しておられ、その体験を自筆で残そうと
されておられる。
さらに、この年齢で、相手のことも考えながら
会話も楽しんでおられる。
今日はその方から戦争体験記をいただいた。
授業で学んだり歴史家が書いたものではない、生の現実感。
あまりに狭い範囲のことで、全体から見たら
違うこともあるのかもしれないが、
そのリアリティはものすごい。
手記を読ませてもらったりお話をうかがっていると、
申し訳なくて
「戦争は仕方ない」とか、
亡くなられた方を
美化するなどということは
到底できないと心底思わされる。
その方も言われていたが、
「私が生き残っているなんて、
本当に運が良かったとしか言えん。
戦友がどんな思いで死んでったのか、
生きてたら何をしてたのか、
ふと考えると眠れなくなることがあるよ。
こういうこと(戦争)に巻き込まれない時代が
続いてほしいと思うけれど、
戦争の現実を知らない人が増えるというのも恐ろしいね。
かと言って、
戦争の話を誰にでもできるほど
私も強くないしね(笑)」
ひょうひょうとではあるけれど、
複雑な心境を話してくださった。
良い悪いではなく、知っているか知らないか、
がとても大切だと感じる。
その上で自分ならどうなのか、自分の頭で考えるしかない。
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*専応寺では、今年も「岐阜空襲のお話」を
聞かせてもらう会を
おこなう予定です。
追ってまた日時をお知らせしますので、
ぜひご参加ください。
2018/02/01
餅つき
今日おまいりにうかがったお宅では、
年末12月30日に餅つきをされるという。
お寺でもちょうど同じ日に餅をつくので、
そこから餅つきの話で盛り上がる。
みんな、餅をつくことだけ楽しみにして来るけれど、
実は
前日の準備が大変。
道具を出して、洗っておく。もちろんお米も洗う。
60代半ばの奥さんが、その準備を全部される。
そのお宅では、1臼3.5升で5臼つくという。
この数字と労力は、餅つきをされる方なら
お分かりだと思う。
1人で準備するのはとても大変なことだ。
そして餅つき当日も、お米の蒸かし具合、餅をつく、
手返し、
つきあがった餅をのばす、丸くまとめる、
道具を洗う、片付ける、
などなど、分担するにしても
作業工程はたくさん。
次の日には、これまた大変な、餅を切る作業がある。
専用の餅切り機などがあれば別だが、包丁で切ると
手が痛くなるし、
包丁に餅がひっつき切りにくくもなる。
(さすがにこれは男性の仕事らしい。)
なんか大変なイメージばかりだが、
それもこれも、すべては餅が好きだからできること。
きな粉、アンコ、大根おろし醤油・・
みんなでつきあがったお餅をほおばるとき。
その美味しさと言ったらもう、他に代えがたいものがある。
大袈裟でなく、これは日本人なら知っておくべきものの
一つだ。
ここからは余談だが・・・
→ 続きはこちら
2018/01/31
金華山
今日は少し時間があったので久しぶりに金華山へ。
「瞑想の小道」を登る。
前はもっと楽に登れたはずなのに・・という
定番の言葉が頭に浮かぶ。
少し雲が多いが、上から見てもやっぱり長良の街は最高だ。
この登山道は、看板?にいろいろな言葉が書いてある。
ガリレオ・ガリレイ、シェイクスピア、
そしてなんと親鸞聖人。
そういえば以前にもこの言葉を見て驚いたっけ。
誰がこの言葉を選ばれたのか。
「瞑想の小道」にはぴったりかもしれないが、
今日はそこまでの余裕がなかったのが情けない。
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